小玉結一(こだまゆういち)さんが出場する車いすマラソンとは?プロフィールやハーフマラソン完走するまで

こんにちは、管理人ハルです🌻

日々の中で感じる色々なHappy♡になれる情報を紹介しているサイトです。

今回ご紹介するのは、

脊髄を損傷し車いす生活を余儀なくなれた若き青年。

障害者となったが前向きに自分と向き合い、

車いすマラソンに出会いアスリートの道を志した、

小玉結一(こだまゆういち)さん

引用:https://www.tostv.jp/recommend/438.html

今回、FNSドキュメンタリー大賞にノミネートされた1年間の密着映像が放送される。

小玉さんが何故車いす生活を余儀なくされたのか、

そして、車いすマラソンに挑戦し続けている彼の強さを今回はご紹介したいと思います。

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小玉結一のプロフィール

本名:小玉結一(こだまゆういち)

生年月日:1999年1月1日(21歳)

出身地:宮崎県宮崎市

高校卒業後、建設業に従事していた小玉さん。

2018年2月、熊本地震の影響で倒壊した阿蘇大橋の復旧作業中に、13メートルの高所から落下。

その際に脊髄を損傷し車いす生活となってしまったそうです。

そしてリハビリのため入所した大分県の施設で車いすマラソンと出会います。

小玉結一は車いすマラソン初出場でハーフ完走

競技を始めてわずか半年で鳥取県のレースに出場し、カテゴリー別4位という好成績で完走す

るという結果を残したのだそうです。

大分は毎年、世界最大級の車いすマラソン単独の国際大会を開催しているそうで、

「車いすマラソンの本場」と言われているそうです。

そんな大分で、初めて車いすマラソンに出会い、

競技用車いすにも一度も乗ったことすらない彼が、

たった半年でハーフマラソン(21.0975km)を完走してしまう忍耐は並大抵のものじゃないですね。

小玉さんは元々、人付き合いが苦手で口数が少なく不愛想なところもあるが、一度決めた事はとことんやり抜く意思の強さを持っていた。

もし私だったらと考えずにはいられないのですが、

思いがけない事故で、突然車いす生活を余儀なくされたら、

そんな簡単には立ち直れないし、きっと自暴自棄にもなるだろうと思う。私なら。

それほどに彼は本当に意思が強く、やりがいを見つけ強く生き抜いている。

さらに最短距離で結果も残すという根性の持ち主なのだ。

車いすマラソンとは?

車いすマラソンは、一般の部のマラソン大会と同じコースを使用してする場合もあれば、車い

すマラソン単独の大会もあるそうです。

私もマラソン大会にはよく出場していたのですが、車いすマラソンとの出会いはなかったと思

います。

夏季パラリンピックの正式種目にもなっています。

障がい者スポーツの中で“最も過酷な競技”と言われるほど、厳しいスポーツ。

だからこそ、それをやりがいに感じ、没頭できたのかもしれませんね。

車いすといっても、競技用車いすということでロードバイクのようなものだそうです。

座るか、もしくは正座するような態勢で乗り、手でタイヤを回して走らせます。

車体は完全なオーダーメイドということで、車種などによって変わると思いますが、

20万~60万円を超えるものもあるそうです。


第29回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『車輪のアスリート~20歳の若者が生まれ変わった1年』(制作:TOSテレビ大分)

2020年11月18日(水)26時50分~27時45分

障がい者となった若者が初めて競技用のレーサーに乗るところから、大分国際車いすマラソン大会に挑戦するまでを追う。

こちらの番組で小玉さんの1年密着映像が放送されます。

是非ご覧ください。

まとめ

今回は、小玉結一(こだまゆういち)さんが出場する車いすマラソンとはどんな競技?プロフィ

ールやアスリートになるまでの苦悩とは。について書いてみました。

今まで以上に、車いすマラソンという競技をもっともっと見て、知りたいなという気持ちになりました。

厳しい世界の中で奮闘する小玉さんをこれからも応援し続けます!

ご活躍をお祈りします。

それではまた。

ハル🌻

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